今年1番 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』94点

ネット上で、監督が本作の結末を「ハッピアー・エンド」と呼んでいた。

強引な「ハッピー・エンド」ではなく、冒頭と比べると少しだけ幸せになっている、という意味だろう。
とってつけたような完全無欠の幸福は、夢でしかない。
夢を振りまく映画のなかにも、良いものはあるが、たいていは鼻白む。
それよりは、本作のような映画がいい。
よく見ないとわからないような、微妙な前進、微妙な回復を、丁寧に描いた映画だった。

自らの過失で大きな傷を負い、生まれ育った町を出てボストンに住む主人公。
季節は、主人公の心情の表れか、冬に設定されている。
主人公の仕事は、マンションの「何でも屋」。
トイレが詰まれば直し、雪かきをし、配管を直す。
部屋は質素で、友人はおらず、趣味らしい趣味はない。
夜酒場に行って、黙って飲むことはあっても、女性との接触は避け、深酒をしては喧嘩をする。
明らかに心を閉ざしている主人公の世界は今にも崩れそうで、危うい。

その主人公の元に、ある日、電話が入る。
兄が死んだのだ。
兄は離婚し、両親も死んでいたため、主人公は葬儀の手続きなどのために帰らねばらない。
兄の息子はまだ十代で、兄の遺言もあり、主人公は後見人になる。
こうして、主人公と甥との共同生活が始まるのである。
主人公は兄の財産を整理し、甥を連れてボストンに帰ろうとする。この町では生きていけないからだ。
しかし、甥の方は、友人やガールフレンドがいるこの町を離れたくはない。
じゃあどうするのか。主人公と甥は、主人公は後見人を兄の友人にゆずる。
甥のためにできるだけのことをしたうえで、しかし「この町には住めない」と決めるのだ。
トラウマ的体験を「乗り越えられないんだ」と甥に正直に吐露する主人公を、誰も責めることはできない。

俳優たちの些細な表情や、立ち姿が素晴らしいこの映画だが、ハイライトは、主人公が前妻と道端で再会するところだろう。
すでに再婚し、子を産んだ前妻は、かつて自分が主人公を責め、自分だけが幸せになっていることを詫び、泣く。
そして、主人公をお茶に誘うのだが、それに対する主人公の反応が、胸を打つ。
あの演技に、この映画の価値が詰まっているように思った。

忘れられない映画になりました。