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すみません眠かったです『海を駆ける』43点

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ファンタジーっぽい作品と知って、やや嫌な予感がした。
ファンタジーといえば、邦画では基本に「心温まる」という感じで食傷気味。
でも、深田晃司監督ならば、「心温まる」系の最大公約数を狙った映画ではないだろうという信頼があったので、観ることにした。
信頼といっても、深田監督の映画は初めて見る。
ではなぜ信頼できるのかというと、このサイトでのインタビュー記事を読んで、関心を持ったからだ。
https://www.christiantoday.co.jp/articles/22964/20170105/fuchi-movie-fukada-koji-1.htm
恥ずかしながら、フランスで高い評価を得ていることさえ知らなかった。

さて、内容だが、インドネシア人と日本人の交流のなかに、トリックスターとして記憶喪失の男が来て、去って行くという話。
日本側は、スマトラ島北部のアチェという場所でインドネシア津波支援に関わるNGO職員・鶴田真由とその家族・友人。
鶴田真由のパートナーはインドネシア人で、息子はインドネシア国籍を選択している。
そこに、鶴田真由の姪がやってくる。目的はなくなった父親の遺骨を、父の思い出の場所に散骨すること。父の思い出の場所は、遺品の写真だけが手がかりだ。ということで、ここに一つ物語の推進力がある。姪の父親は、東日本大震災津波で死んだということになっているのかどうか、パンフレットを買っていないのでわからないのだが、どうもそんな気がするような描き方だった。思わせぶりだ。
他方、インドネシア側は、ジャーナリスト志望の女の子(イルマ)と、その幼馴染の男の子。イルマは学費が確保できずに大学進学をあきらめているが、ジャーナリストになるためにドキュメンタリーを撮ろうとしており、その対象が鶴田真由らのNGOなのだ。イルマの父親は、アチェ独立運動に関わり、インドネシア軍に拷問された経験を持つ。後遺症で足が不自由だ。幼馴染の男の子のほうは、津波で母を失っている。
これだけでもう映画のパーツは十分! という感じだが、そこにディーン・フジオカがやってくる。ある日海岸に漂流した彼は、記憶を失っており、名前もわからないので「ラウ」と名付けられる。「ラウ」とはインドネシア語で「海」という意味だそうだ。
「ラウ」は、不思議な力を持っており、手のひらから水を出したり、水をお湯に変えたり、人に幻覚をみせたり気絶させたり、ワープしたりとやりたい放題。

これだけ揃ったら絶対面白いだろうと思われるかもしれない。
私もそう思う。
でも、文字に起こすのと映画はやはり違って、観ている間は眠かった。
映画館の椅子が上等だったということもあり、ものすごく眠いのだ。
「ああ、なんかここに監督は意味を込めたんだろうな」というような場面が多いが、いまいちよくわからない。
ただ、映像のパワーは確かにあって、特に最後の場面はずっと見ていたいくらい。あとは、インドネシア人が幼少期に日本兵から習ったという「抜刀隊の歌」を歌う場面も、惹きつけられた。
俳優の演技も良く、好印象。
ただ、繰り返すが、ものすごく退屈。その退屈さのなかに「映画とはなにか」を考えさせる契機が多様に埋め込まれているとは言える。
文学や絵画と同様、描き方が大事なのであって、退屈とかいうのは野暮なのもわかる。わかるが・・・でもやっぱ退屈なのはダメだよねということで、43点。