怖いと言うより笑える。子どもたちの演技は素晴らしい 『イット』46点

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スティーブンキングは中学高校のときに何冊か読んだことがあって、その時にブックオフで『IT』を買ったはずだが、読まずに本棚にいれたままだ。いまも実家にあるはず。
とにかく、「買ったけど読んでいないキングの大作」として頭の片隅にあったから、今回の映画化にも飛びついた。

肯定的にもとれるし、否定的にもとれる、そういう映画だった。
否定的な面からいうと、キングの小説そのものが(いやホラーというジャンルそのものが)そうなのかもしれないが、恐怖描写が「なぜそうなるのか」が、全く説明されない。
なぜ、あのピエロが神出鬼没なのか、バスルームの排水溝から大量の血が噴き出すのか(なぜ大人には見えないのか)、全然わからない。
でも、それはある意味で当然で、説明できたら怖くもなんともないし、仮に説明ができてそれが怖いのであれば、それはサイコサスペンスやミステリーと呼ばれるジャンルに属することになるのだろう。ホラーというのは、基本的にわからないから、説明できないから、ホラーなんだろう。

先に、なぜあのピエロが神出鬼没で、バスルームの排水溝から大量の血が噴き出すのか(なぜ大人には見えないのか)、と書いた。この点については、肯定的な評価もできる。
「子どものときだけに感じることができる恐怖」を可視化したものだと思えば、ピエロをはじめとするモンスターがいろんなところに出てくるのも、うなずける。大人が見えないのもうなずける。
たしかに、大人になってしまうと感じることができない恐怖感というものはある。子どもの頃は、暗いというだけで夜道が怖かった。お昼でも、薄暗い建物は怖かった。そういう怖さを、大人でもわかるように「翻訳」すると、この映画のようになるのかなと思った。

要は、子どもたちだけが感受できる恐怖を、大人も楽しむ映画としていかに「翻訳」するのか、その方法が問題なのだ。
それを考えながら、この映画の描写をみると、お粗末というほかない。
音で驚かせる演出があまりに多いのは残念だった(それは「ビックリした」のであって怖いわけではない)。
また、奇声を発してピエロが近づいてくるのだが、第一ピエロが全然怖くなくて、ギャグなのかな? と思う。
結局、この映画が提示してくれる怖さとは、「大きな音が鳴って、モンスターが近づいてきて、画面のなかの子どもたちが怖がっている絵を見ている」という、その繰り返しなのだ・・・
ピエロ以外のモンスターも、小学生レベルの造形で、発想が貧困なのか、技術がないのか、よく分からないが、とにかく映像化は失敗だな、としか思えなかった。

そもそも、あのピエロ、バカにしか見えないし。それならマクドナルドのマスコットキャラクターのほうが絶対怖い。「怖そうな顔」がわかりやすすぎて面白くない。

 

それでも、子どもたちの演技はとても頑張っていて、その点にだけ好感。
子どもたちは、吃音だったり、近眼だったり、病気だったり、肥満だったり、家庭環境に大きな問題を抱えていたりする。
彼らは学校でも「さえないやつら」と見なされて「負け犬」と呼ばれ、いじめの対象になっていたりする。
そうした子どもたちが、団結して困難を乗り越える過程そのものは、爽快だった。
それがこの映画の救いだ。

ちょっとテレビっぽいのが気になる「大作映画」 『密偵』75点

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ワーナー・ブラザーズ・コリアによる第一作。

韓国では三週連続で興行収入第一位ということで、たしかに力作にはなっていた。

ソン・ガンホイ・ビョンホンのスターと、若手最有力株のコン・ユというキャスティング。
日本統治時代の独立運動という大きなテーマ。
日本の警察で出世を続ける朝鮮人(ソン・ガンホ)の苦悩や、独立運動の闘士(コン・ユ)の強い意志などの見所も満載。しかし、その割にはどこか重厚さに欠けた。

思うに、脚本がごちゃごちゃしすぎている。
祖国と日本との間で引き裂かれるソン・ガンホのパートだけで良かったんじゃないか。
二重スパイになるかどうかの逡巡や、祖国を思う独立運動家たちを警察として取り締まらねばならないという悲しみだけで、じゅうぶん面白いはず。

しかし、映画はわりとコン・ユにも時間を割く。
コン・ユが大好きなので、それはそれでいいし、コン・ユが電車をいったりきたりする場面では『新感染』の良い思い出がよみがえって楽しかったのだけれど、結果としてはコン・ユとイ・ビョンホンの存在が映画の完成度をそいだと思う。
たとえば、次の場面。
コン・ユは表向きには写真館を経営している。思いを寄せる女性活動家がいて、彼女の写真を撮ってあげるのだが、自分が撮ったその写真が原因で、彼女が逮捕されてしまうという悲しい場面。
この場面は、もっと二人が互いを思い合う描写があれば、効いたと思うが、現状ではなんかとってつけたような感じしかしない。
さらに、独立運動に関わる秘密組織のなかに一人裏切り者がいるのだが、その人物が裏切っていたというショックが、全然伝わらない。なぜかというと、その人物に関する描写がほとんどなかったから。

とはいうものの、この独立運動家たちをしっかり描かないことには、終盤でソン・ガンホがその意思を継承して爆弾テロを決行するあたりの説得力も失われてしまう。
このあたりが、大作歴史エンターテイメントの難しいところか。

とにかく、人間描写の積み重ねが中途半端だったので、その結果、やたらと大仰で深刻な顔をしている俳優たちと、観客の距離が開いたままだった。

 

と、ネガティブなことを書いたが、ソン・ガンホの役どころには考えさせられる。

祖国が日本帝国の支配下にあるなかで、「自分はどのように生きるのが誠実なのか」と問い続けている表情が絶妙だった。

結果、ソン・ガンホ独立運動家たちの意思を継ぐわけで、その意味では韓国の「愛国」映画だと言える。ただし、「愛国」といえばなんでもかんでも悪いわけではない。植民地解放闘争を抱えた20性器の世界を再考するための手がかりに満ちたエンターテイメントだと評価して、65点をつけた。

あとはコン・ユが出ているのでプラス10点。今後もコン・ユという俳優には甘い態度で臨みたい。

「デッカード」はユニクロっぽいTシャツを着るか? 『ブレードランナー 2049』68点

宣伝の段階では全く期待していなかった。
ポスターがダサかったからだ(ハリソン・フォードが着てる服がユニクロにしかみえない)。

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ムツカシイことを言うのが好きな人は、「人間とは何なのか? レプリカントを通して問いかけている」とか言いそうだが、それは手塚治虫でじゅうぶんです。そういうことよりも、「これまで見たことがない映像」を期待して映画館に足を運んだのでした。

その意味でいうと、半ば期待外れだった。

まず、期待を上回った点から。

ものすごく良いと思ったのは、「デッカード」に会いに行って、一緒に酒を飲むあたりまでの画面。
オレンジ色っぽい画面が綺麗なのが素晴らしい。

ラスベガスの出し物(プレスリーやマドンナをリアルに再現する立体的なプロジェクター)が壊れてて、そこで殴り合う場面もよかった。
二人が交わす『宝島』トークも、なんかいい感じ。

あとはさまざまなガジェット。ウォリス社の社長の周りに浮いてる黒い石みたいなのとか、なんかワクワクした(でも、社長が耳の後ろにUSBみたいなの差し込んでるのは、なんかアナログでした)

 

期待外れだった点は以下のとおり。

レプリカントが子どもを産んで、その「奇跡」の謎を・・・とかいわれてもなー、なんかもうその時点で乗れなかった。
しかし、そもそも前作の『ブレードランナー』も、熱心なファン意外は微妙だと思っていたわけだから、前作並といったところか。
「ジョイ」という、ウォリス社が作った部屋の中だけの女の子が壊された怒りを、もっと爽快に晴らして欲しかった。

あと、「K」の上司の「ジョシ(ダジャレっぽいが)」がバカなのもどうか。「K」が「子どもは処分しました」って言ったらそのままアッサリ信じていた。いくらレプリカントが嘘をつかないとはいえ、普通は証拠を求めるやろ!あの上司は無能。ドヤ顔で酒を飲んで「K」にたいして思い出を語るように命令するところとか、ハラスメントやし。

もっと魅力的に描けたんじゃないかなと残念だったのは、ゴミ処理場になっているサンディエゴ。なんかどこかでみたことあるような荒廃感で、正直退屈だった。もっと変な武器とか、変な習慣・ルールを見せて欲しかった

 

ガラガラだろうと思って映画館に行ったら、意外と混んでいたのが驚き。話題性はあるからなあ。
右隣が女性二人組で、うち一人は明らかに映画が興味なさそうで、途中で携帯を触り出したので辛かった。
確かに、やや長いかなと思ったけれど、携帯は止めてくれ・・・

 

「K」にライアンゴズリングを配役したのが良かったと思う。「能面」って感じの彼の顔が役に合っていた。
「ラブ」という名前の敵キャラも良かった。
演出で気に入ったのは、記憶を遡って木馬をゲットするところ。
「K」が「デッカード」の子どもだと確信してしまった。うまく騙された~。

 

CIAはデウス・エクス・マキナか 『アトミック・ブロンド』54点

 シャーリーズ・セロンは綺麗で強く、音楽はかっこいい。
映画のなかのニュースで、音楽の話題として「サンプリングの是非」のコーナーがあったが、わざわざそんなニュースをピックアップするあたりが憎い。
個性的なスパイたちが騙し、騙され・・・的な展開もおもしろい。
おもしろいだけに、どうしても許せないのがラスト。
結局はCIA善玉史観で片付けてしまう底の浅さが残念だった。
CIAのラストに拒絶感を持ってしまったのは、『バリー・シール』を観たばかりというのも、関係しているかもしれない。
画面のかっこよさと予想外の展開に魅了されて、こっちがバカになった瞬間に「アメリカ万歳」を吹き込まれたようで、不快だった。

絶賛している人は多いが・・・どうなんだろう。
でも、かっこいい。それは間違いない!

だから『バリー・シール』と同点!!

もっとバカになれ! 『バリー・シール/アメリカをはめた男』 54点

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監督と主演が『オール・ユー・ニード・イズ・キル』と同じだと言うことで気になっていた。
要は、CIAとコロンビアの麻薬組織にうまく使われて(自分ではうまく両者を使いこなしたと思い続けて)、最後は殺された犯罪者の「事実に基づいた物語」(BY戸田奈津子 二カ所くらい、意味不明な字幕があった)。
客引きのためか、副題は「アメリカをはめた男」となっているが、はめられたのはどちらか、一目瞭然だろう。
ただ、バリー・シールがやったことはスケールがでかく、気になる人物ではあるから、映画化されるのも納得。
映画では、当時のレーガン政権とその側近たちをいい感じでバカにしていて、好感を持った。

 

映画を観ていてもっともアガったのは、次の場面。
主人公のバリー・シール(トム・ハンクス)が、金を稼ぎまくるわけだが、使う暇もないし、管理する暇もないくらい忙しい・・・、という場面だ。
バリーが金持ちすぎるので、その町に従来からあった銀行や信用金庫だけでなく、他の銀行も支店を開く。
それでも預けきれず、バリーは家のクローゼットや、靴箱なんかに札束を詰めまくる。
それでも金が増えるので、最終的には埋めるのだが、埋める場所もなくなっていく。
バリーのもうお金にウンザリ・・・という感じの表情がよかった。

でも、同じ場面が、不満でもある。
もっとバカさが欲しかったのだ
たとえばスコセッシの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のような、成金のバカっぽさが欲しかった。

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この映画『バリー・シール』には、魅力的なバカが何人か登場するのだから、それをうまく使う方法もあったのではないか。
たとえば、バリーの妻。みるからに頭が悪そう。
それに輪をかけて頭が悪いJB(バリーの妻の弟)。
この二人をいかした、もっとクレイジーな金の使い方を観たかった。
特にJBという人物はかなりの「逸材」。
JBのバカな顔と服装を観るためだけに映画館に行く価値は。。。ないかな。

 

あと、バリーがコロンビアで豪遊するとか、そういうところも観たかった。なんというか、主人公が思ったよりも常識的というか、普通なのが映画として微妙。
それは単に観客の願望というよりも、そうしたほうが映画のラストが悲しくて作劇上も良い気がする。

結局、わかったのはアメリカという国の一部分が根強く持っているバカさ加減で、でも、そんなことはもうみんな知っている。
そもそも、レーガンが(政治家になることはあり得るが)総理になることがおかしい。シュワルツネッガーが(政治家になることはあるだろうが)、州知事というのもおかしい。
これは、俳優に対する差別ではない。
アントニオ猪木が政治家なのはおかしくないが、州知事や総理になるのはおかしいのと同じである(では二世議員ばかりを選び続けている日本の各選挙区の人たちがバカではないのかというと、それは難しいが。というか、政治家の資質って何?という根本問題にいくので、話はこのへんで切り上げる)。

話がそれたが、そうしたバカさ加減なら、すでに知っているのだから、そうではない、僕が知らないような、クレイジーなバカたちを観たかった。
とにかく、ダラダラと長く感じたので、低評価。

B級映画の最高峰(ただし映画館で観るべし) 『新感染』93点

移動し続けている映画は、それだけでなんかワクワク。
『マッドマックス 怒りのデスロード』は車で、ポンジュノの『スノーピアサー』は電車で、ほぼずっと移動していたから、あんなに良い映画になったのだと信じて疑わない私である。
思えば、中上健次はどこかで(記憶では『現代小説の方法』という本)、小説というのは移動です、と言っていた(まあ、中上健次はそういう思いつきをいろいろ断言することが多かったのだけれど)。
話を戻そう、『新感染』である。
現代の『釜山へ』のほうが、味があって好きだが、内容がいいのでダサい邦題も気にならなかった。

冒頭10分くらいの「キム代理」との会話とか、自宅に帰ったら娘がさみしそう・・・とかいう描写はどうでも良くて、舌打ちしたい気分でぼーっと観る。
「はやく移動しろよ移動」「追われろよゾンビに」。
としか思えない。

で、移動しながら追われるところからワクワクで観る。

脇を固める登場人物たちが良かった。
レスラーみたいな兄ちゃんは、見た瞬間「あ、死ぬな」と思ったらその通り。
でも、それ以外のキャラクターたちは、まさか死ぬなんて!の連続(とくに年老いた姉妹と主人公)。
バス会社社長のクズっぷりは非の打ち所がなく、春の風に似た爽やかさえ感じた(もっと悲惨に死んでも良い)。

とにかく面白く、何も考えずに映画の世界に没頭できた。そういう意味では、エンターテイメントのお手本だと思う。
ゾンビ映画・パニック映画の約束を踏まえつつ、コンパクトにまとめた監督の手腕に脱帽。ただし、ややCGが雑にみえた。もっとお金をつぎ込めばすごい作品になっていただろう(前日譚がアニメになっているようで、映画本編が始まる前に宣伝をしていたが、アニメは絵が無理だった・・・残念)。

 

話はまったく変わるが、93点という高得点をつけた理由は、主演俳優のコン・ユにある。

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これまで見てきた映画のなかで一番かっこいい東アジア人は、『クリーピー』の東出昌大かな、と思っていたが、それを超える男前でしたな。

福山と役所の顔 『三度目の殺人』72点

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退屈な絵が続いたが、さすがは福山雅治役所広司
福山は顔が写るだけでなんとか映画を引っ張っていくし、役所広司も「あ、こいつ危ないかも」と「ものすごく考えてる人なのかも」の中間をいく演技が見事だった。
是枝監督は、映画のなかで数回、これ見よがしの絵作りをする。
今回は、福山の夢(雪の中)と、最後の面会(ガラスのなかで福山と役所広司の顔が重なる)。
そうした「絵」は、監督の「ドヤ顔」が見える気がして、ちょっと反応に困る。

役所広司が二回目の殺人をした理由は、広瀬すずを救うため(あるいは悪を裁くため)であり、土壇場で無罪を主張したのも広瀬すずを守るためだったーーー、と読むのが自然だし、福山はそのように考えるわけだけれど、役所広司はそれも曖昧にはぐらかしてしまう。
こうした「真相」を明示しないという手も、まあ余韻が残るし、それはそれで良いのかなと思うが、でも「ないものねだり」がしたくなる。
「真相」を明示せずに余韻を残すのは良いが、余韻を残すことによって、どのような問題意識が浮き彫りになるのだろう。
司法制度と人間精神の齟齬? まさかそういうことではないだろう。それならもう少しそういう会話をさせるべきだ。
死刑制度? いやあ「三度目の殺人」というタイトルだからといって、そういうわけでもない気がする(でも、役所広司が、自ら死刑にもっていくあたり、そしてそれに福山も手を貸すあたりは、良かった)。
そのあたりが明確に受け止められないので、単に「曖昧に終わらせるために曖昧にした」という「手法のための手法」にみえてしまったのが残念。
したがって、65点と言いたいが、役所広司が一回目に殺人したときのことをもう少し掘り下げるべきだと思ったのでマイナス10点
福山の娘のエピソードはバッサリ切るべきなのでマイナス3点
福山雅治が好きなのでプラス10点(福山になら掘られてもいい)。
役所も好きなのでプラス10点。
で、計72点

ちなみに、役所広司は名字が覚えやすいが、書きにくい。
「福山が」という風に呼び捨てにして書くことは簡単だが、「役所が」と呼び捨てにすると、たとえば「やっぱ役所が大好き」という表記になり、公務員礼賛ブログになりかねない。